行政手続きの押印廃止。いつから実施? 脱ハンコにともなう業務変更とは。

2024/05/24

日本にはハンコ文化が根付いています。例えば契約書にも実印を押しますし、さまざまな行政手続きの申請にも押印が求められています。日本の仕事現場をはじめ、多くの場で、「確認をした」「本人である」ことを示す行為としてンコを押すことが当たり前のようになっていますが、いま、脱ハンコへの動きが加速しています。自治体においても行政手続きの押印廃止の流れを受けて、業務変更や意識改革などの対応が必要になってきています。今回は、行政手続きの押印廃止はいつから実施されるのか、またそれによって自治体はどのような対応が必要となるのかについて見ていきましょう。

押印廃止の目的は?いつから実施?また対象となるのは?

2020年12月に内閣府は「地方公共団体における押印見直しマニュアル」を公開しています。その内容を見ながら、押印廃止は何を目的に行われるのか、またいつから実施されるのか、そして現状はどういった状況なのかを確認していきましょう。

押印廃止の目的はデジタルガバメント実現に向けた業務改革の促進

2020年に発生した新型コロナウイルス感染症拡大を防止するために、多くの企業・自治体でテレワークの実施が検討され、取り組みが進められてきました。一方で、従来の業務において、押印が必要な認証手続きがあるため、どうしても出社しなくてはならない事態があることも意識され、それがテレワークの足かせになっていることが明らかになりました。

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また、政府はデジタル時代を見据えてデジタルガバメント実現を推進しています。そのためには書面主義、押印原則、対面主義といった従来の方針から脱却する必要があるとしています。こうした取り組みは国と地方が同じ姿勢で進める必要があるものの、より住民に近いところで行政サービスの提供を行う地方公共団体が担う役割は大きく、積極的な取り組みが期待されています。

押印廃止はすでに推進中「経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太の方針2020)」において明言

2020年7月に閣議決定された「経済財政運営と基本方針2020」の中で、「原則として書面・押印・対面を不要とし、デジタルで完結できるよう見直す。」としています。そして押印についての法的な考え方の整理などを通じて、商慣行等についても改革を推進することを明記し、行政手続きについても、オンライン利用率を引き上げるための取り組みを進めることを謳っています。

その後、9月に開催されたデジタル改革関係閣僚会議において、「どうしても押印を残さなければならない手続があれば、9月中にお届けをいただき、それ以外のものについては速やかに廃止をする」と方針が示されています。

こうした政府の動きを受けて、11月までに各手続きの押印見直しの方針が明らかとなり、行政手続き(住民や事業者から提出される申請書等)、内部手続き(行政内部の手続き:会計手続き、人事手続き等。契約など住民や事業者との間の手続きも含む)ともに押印見直しの対象となったものは年内(2020年)に改正を行うとしています。

つまり、押印廃止への取り組みはすでに進められているということになります。

押印見直しの基準

押印見直しを進めるにあたり、判断の基準とされたのは「押印を求める意味」「趣旨の合理性」「代替手続きの可否」の視点から評価し、根拠や合理性がないもの、また代替手続きのあるものについては押印廃止を進めることとしています。

押印の機能と担保すべきものの確認

押印の継続・廃止を検討する前に、押印する行為に期待されている証拠能力であることを改めて考えておく必要があります。

なぜ押印を求められるのかを考えてみましょう。特に法人が実印を用いて押印する際には、代表者の身分証明を含む本人確認(身元確認)をすることを目的としています。押印によって紙に残る印影と、あわせて提出させる印鑑証明書とを照合することにより、本人確認を行うわけです。かりに、訴訟等が発生した際には、現状では、意思表示の内容を表した文書に印影を付着させることにより、作成者の認識等を示したものとして形式的証拠力が認められることになります。これが押印の効果です。

利害を生む可能性のある事案について押印が求められてきたのは、この形式的証拠力を期待してのことです。民事訴訟法228条4項は「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」とし、押印することで本人とその意思によって示された文書であることを担保するに足りるとしています。

しかし実際に、文書に押印された印影と印鑑証明書とを照合して締結しているのが、どれくらいの割合なのか、改めて確認分析をしておく必要はあるでしょう。

さまざまな取引において、あえて実印を押印してもらい、同時に提出してもらった印鑑証明書によって確認をしなくても、その文書が信頼関係を構築した当人から発出されたことさえ確認できれば、その文書作成についての真意、またその文書の正当性はあると証明できます。

逆に言えば、たとえ実印があっても、それを本人が押印していないことが明らかになれば、その文書に正当性は認められず、押印した実印に法的効力は認められません。つまり、文書に押印された実印の有無よりも、その文書を作成し相手と交換するに至るプロセスの連続性を担保しておくことこそが重要だといえます。

行政手続き14,992手続きのうち99.4%にあたる14,909手続きが押印廃止

上記の基準で押印の見直しを行った結果、押印が求められてきた14,992手続きのうち、14,909手続き(99.4%)が押印廃止の対象として取り組みを進めることになっています。

一方、押印が存続することが決定された行政手続きは83手続きで、その一例は以下のようなものです。

  • 自動車の新規登録(国土交通省)
  • 相続税申告(財務省)
  • 商業、法人登記の申請(法務省)

「財産的価値の高いものへの所有権の公証のため」といった理由から、厳格な本人確認が必要な手続きに関しては押印が必要とされています。

押印廃止によって実現できること

政府がデジタルガバメントの実現にさまざまな取り組みを推進する中、各自治体においても行政手続きのオンライン化、業務のデジタル化を進める必要があります。そうした動きの中で、押印廃止はどういった意味があるのでしょうか。

押印廃止によって実現できること

ペーパーレスの実現

住人や事業者からの申請書類に押印を必要としていたのでは、紙の書類を廃止することができません。つまり、押印廃止は、自治体業務においてペーパーレスを実現するためには必要な取り組みだといえます。

テレワーク実現

自治体において、テレワークの実現に向けた取り組みは加速度的に進められています。業務の効率化を図り、さまざまな業務をデジタル化することでテレワークが可能な就労体制を構築しようとしています。

一方で、テレワークを阻害する作業として押印が課題になっています。例えば、ワークフローシステムを活用してテレワーク先で見積書、契約書の作成ができたとしても、取引先である事業者に送付するためには、見積書や契約書に押印する必要があれば、そのために庁へ出向くことになります。このようなハンコ出社と呼ばれる状況を解消するためにも押印廃止は推進される必要があります。

業務のデジタル化推進

また、窓口業務においても、住民や事業者から申請がされた場合、それぞれの書類に押印を求めている段階では、申請手続き業務をオンライン化することができません。業務のデジタル化、手続きのオンライン化を進める要件のひとつだといえます。

そのことを具体的に理解するにあたり、「電子契約」の導入について触れておきましょう。

自治体において物品の購入や業務委託などの際に、事業者と契約書を交わします。従来は紙媒体の契約書を用いて、押印をし、互いに締結した内容を示した契約書を保管することを行ってきました。自治体において、この業務が見直され、電子契約の導入を検討しはじめているのです。

電子契約とは

電子契約というのは、書面に押印・製本して作成した契約書を交わすことで成立していた契約を、電子データによって契約書を作成し、締結することです。

紙媒体の契約書では契約者本人であることの証しとして押印をする必要がありましたが、電子契約では電子署名をすることで本人が契約をした証しとします。

電子契約はインターネットを活用して契約を交わすことになりますから、IT環境の整備が必要です。また電子証明書や電子署名、タイムスタンプが必要なので、電子契約システムを利用することになります。

メリット

電子契約のメリットを大きく分けると以下の4点が挙げられます。

業務効率化
紙媒体の契約書を用いた契約では、まず契約書を作成しなければなりません。契約書それぞれに契約を交わす本人が押印し、互いに保管しておく必要があります。
つまり、契約書作成から締結、保管まで多くの工数を必要とし、それぞれに手間と時間を要してきました。電子契約はこうした工数を削減でき、保管するにもデータ管理を徹底するだけで済みます。
コスト削減
電子契約では、契約書の印刷・製本、契約書の送付、印紙代、保管するための場所といったコストが削減できます。
契約手続きの可視化
従来の紙媒体による契約では、契約書を取り交わし、締結するまでのプロセスが見えにくい状態でした。例えば、相手先への輸送では、どのような状況であるか把握することは難しいといえます。また、相手先が押印をし、返送するにしても、輸送状況は不明です。
電子契約は、手続きの状況がリアルタイムで確認できます。手続きが進んでいないフローが発生すれば、双方がコミュニケーションをとりながら改善することが可能です。
コンプライアンス強化
紙による書面の場合、紛失や改ざんする可能性が高いことなどのリスクが伴います。電子契約システムはアクセス制限や認証権限を設定できるようになっているため、コンプライアンスの強化にもつながります。

電子契約を導入するためには、契約に関する押印の必要性を見直し、廃止しておくことが必要です。

このよに、自治体における従来のやり方を見直し、手続きのオンライン化を図り、全体のDXを実現するためには、業務のデジタル化を進めることが必要です。その取り組みのひとつが押印廃止だといえます。

押印廃止への自治体の動き

行政手続き内部手続きにおける押印廃止の動き

全国の自治体の足並みがそろっているという状況ではありませんが、押印廃止は、条例改正により、また、規則、内規や取扱要領の改正等により、迅速かつ簡便に実現できると思います。

「押印が必要な書類全般にわたり押印を廃止」と「請求書等における押印を廃止」を実施した自治体の具体的な事例を紹介します。

請求書等における押印を廃止した事例

群馬県前橋市
群馬県前橋市では、DX推進の一環として請求書をデジタルで授受する環境の構築を進めていました。そのためには、事業者から受け取る請求書の代表社印を廃止または省略処置をする必要があります。この対策として前橋市が選択したのは、BtoBプラットホーム請求書を活用してのデジタル化でした。その結果、各種押印書類の印象確認作業が削減されたほか、電子受領を可能としたことで、事業者側も移動や郵送をする手間が短縮できています。
前橋市の押印廃止への取り組み:詳細はこちら
東京都目黒区
東京都目黒区においては、住民や事業者の利便性向上と内部手続きの効率化のために、2022年2月1日から会計手続きにおいて次の業務の押印廃止を実施しています。
- 見積書、請求書、領収書、請書兼請求書兼検査証、債務者登録申請書、委任状、口座振替依頼書

このように多くの自治体で2022年以降、それぞれの押印を必要としてきた業務を見直し、押印廃止を実施してきています。事例をみると、その多くの目的は住民・事業者といった行政サービスを利用する立場の人の利便性向上と、庁内業務の効率化を図るためのものであることがわかります。

押印が必要な書類全般にわたり押印を廃止した事例

福岡県福岡市
福岡市では、市長トップダウンで押印見直しを行い、押印廃止にいち早く取り組みを開始しました。そして、2020年9月までに市が見直しのできる約3,800の書類のすべてにおいて押印廃止を実行しました。福岡市の取り組みは「福岡方式」として押印見直しの模範になっています。福岡市がもっとも意識をして取り組んだのが職員の意識改革でした。
山形県
山形県では2021年3月に「Yamagata幸せデジタル化構想」を策定して、行政手続きのオンライン化、オープンデータ、テレワークWeb会議、AI/RPAの活用といった自治体DXへの取り組みを推進してきました。そして、押印が必要とされてきたうちの98.6%にあたる書類において、押印を廃止しています。押印廃止にいたる経過はつぎのとおりです。
2021年2月 「山形県行政手続等における押印・書面・対面規制の見直し方針」を策定
2021年3月から要綱・要領で求めていた押印については、順次押印を廃止
2021年9月24日 県規則等で求めていた押印(要綱・要領等で求めていた押印以外)の廃止
福岡県北九州市
また、北九州市においても、2022年4月1日より、住民や事業者の負担軽減と内部業務効率化を図るために、請求書兼領収書の押印廃止と様式の変更を行いました。
広島県広島市
広島市では、住民・事業者からの申請・届出等の行政手続きのオンライン化を見据え、利用者の負担軽減と利便性の向上、および、内部業務の効率化を図るために、押印を必要としてきた約3,700の行政手続きのうち、約3,500の行政手続き(約94%)において押印を廃止しました。2022年8月時点での押印廃止手続き・書類を市のホームページに掲載し、取り組みへの対応を住民・事業者とも情報共有をしています。

まとめ:押印廃止を実現することは、自治体の業務効率化やDX推進の一歩

請求書や申請手続きに必要な書類など、自治体の業務には紙媒体の書類が依然として使われています。こうした紙媒体の書類に必要とされるのが押印です。例えば、請求書には発行側の印が押されていなければなりません。一方、受け取り側にとっては、押された印が、発行者のものであるのかどうかを確認する作業が発生します。つまり、紙媒体の書類が継続的に使用されているかぎり、業務の改善が図りにくいともいえます。こうした事態を改変し、デジタル化を進めるためには、まず、押印廃止の体制を構築していくことです。意識の改革や、システムの導入など、一つひとつ必要な取り組みを整理し、進めていきましょう。

※本記事は更新日時点の情報に基づいています。

監修者プロフィール

松藤 保孝 氏

一般社団法人 未来創造ネットワーク 代表理事
松藤 保孝

自治省(現総務省)入省後、三重県知事公室企画室長、神奈川県国民健康保険課長、環境計画課長、市町村課長、経済産業省中小企業庁企画官、総務省大臣官房企画官、堺市財政局長、関西学院大学大学院 法学研究科・経営戦略研究科教授、内閣府地方創生推進室内閣参事官等を歴任し、さまざまな政策の企画立案、スリムで強靭な組織の構築、行政の業務方法や制度のイノベーションを推進。一昨年退官後、地域の個性や強みを生かすイノベーションを推進する活動を行う。

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